「匿名で文章を書いても、書き方で身バレしてしまう」
随分前にそんなことをぼやいていた人がいました。本当なのかな?と不思議に思っていたところ、なんとなくわかるようになったのを感じています。
それはこのツイートを引用された一件から。
虹タマゴでもちょっとチガウのだよ… #パズドラ pic.twitter.com/D0xemRRKl7
— おまめ (@omamemame3) 2017年8月4日
どこかのまとめサイトに拾われていました。
今回のガチャはどうなのかと調べてたらなんか8番見たことある… pic.twitter.com/COt3g0Bz4W
— おまめ (@omamemame3) 2017年8月4日
フツウにツイートしていれば、もしかしたら自分のツイートかも?と思う程度かもしれません。しかし、僕は「違う」をカタカナで書くことがよくあります。それでこのツイートが自分のモノだと確信しました。
「普通」も何故か「フツウ」とカタカナで書きます。「時」を使う、ときどき、~のとき、などは基本的にひらがな。「言う」もひらがなと使い分けています。
ツイートが改変されて使われていたことには不快感を覚えましたが、自分の文章を見つけられたように感じられたのは、とても大きな収穫でした。
本を読んでいると、その人の書き方があり、それはマンガでも同じように思います。
マンガでいえば、水木しげる先生は「水木サン」と、カタカナで「さん」を付けます。荒木飛呂彦先生は「それは違うんじゃあないか?」と、「じゃないか?」に「あ」が加わった書き方をしています。パッと思い浮かんだのがこの2つでしたが、ほかにも文章の特徴はたくさんあるはず。それは文章に限らず作品すべてにいえることでもあります。
本書には「日本語は学校で教えてくれない」と書かれています。そのため、日本語で文章を書くのは非常に難しい。
ただ文章を書くだけならできるでしょうが、正しい日本語で書ける人はどのくらいいるのでしょうか。それこそ正しい日本語の解釈ですらバラバラな気がしているので、絶対に間違いのない日本語は存在しないようにも思います。
これらのことを考えると、ブログなどの緩い場所で必要なのは、ある程度の正しい日本語の知識と、個性を出した文章なのではないかと考えます。
いつか自分の文章で何かを書けたらとぼんやり考えています。夢はでっかく持っていたい。