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おまめモ

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【考え方】ごはんをおいしく食べられるのは本当に幸せだと思った

考え方

季節の変わり目、三寒四温、低気圧、冷え、原因はよくわかりませんが、しばらく不調でした。

僕は不調になると食欲がなくなります。

不調でしんどいのに食欲がなく食べられないため、なおさら体がしんどい。

こんな思いをするたびに、食事をせず生きていけたらどれだけラクかと考えます。

それでも食べなければいけないので、とりあえず食べられるものを食べていました。

今回は主にポカリ。

1食あたり500mlペットボトル1本飲めば良いとの話を病院で伺っており、ポカリは必需品。

ほかにはそば、うどん、キャラメル、果物、とにかく食べやすいものと糖分を意識してたくさんとっていました。

このような状態になるのは珍しくないせいで「ポカリ=具合が悪いときのもの」と関連付けられてしまい、普段は飲みたくありません。

食事とはいえない、楽しくもなければおいしいとも思えない食事で1週間ほど過ごし、ようやくフツウにごはんが食べられるようになりました。

今まで何気なく食べていたご飯やパンが、初めて食べるもののようにおいしく感じられ、こんなにおいしいんだと驚き楽しみながら食べられれば回復した合図。

なんともわかりやすい合図なので、治ったとも実感しやすいです。

 

食べられないのはさまざまな面で非常につらく、食べるのが苦痛にもなるのに、回復して食べられるようになったときの嬉しさは計り知れません。

食事をしなくてもいいようになればと思いながらも、食に興味がないといいながらも、食べる楽しさ、嬉しさはしっかりと感じられているようです。

きっとフツウの人は食べられて当たり前。

常においしく、楽しく食べられていると考えるととても悔しく思います。

食べられなかったときから食べられるようになったときの差を頻繁に体験するタイプは多くないと思うので、僕は貴重な体験をしているのだろうと少し前向きに捉えています。

そうでも思わないと本当につらすぎる。

今回もまた食べられない体験をして、当たり前のように食べているごはんがおいしいものだと改めて実感しました。

しばらくしたら再び当たり前となってしまい、感覚が鈍っていくのだろうと考えながら、今のおいしいを楽しんでいます。

 

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